ビジネスにおける「間(ま)」

※钱柜(Qiánguì 昔の金庫)

 

うーん何というか、ここ2年で経験値が上がり、いろいろな意味での「タイミング」がわかってきた感じがする。「言う」「聞く」タイミングとか、「問う」タイミングとか、「決める」タイミングとか、「置く(発酵させる)」とか、いわゆる「間(ま)」の取り方がだんだんわかってきた。

 

最近、司馬遼太郎の『翔ぶが如く』を読んでるんだけど、明治の政治家とかは、特にその「決める」と「置く(発酵させる)」のが至極上手なんだよね。たぶん、「音楽」や「武道」にも通じているんだと思う。

 

広瀬香美がofficial髭男dismの『Pretender』をえらく褒めていて、「なんでかなー」と思ってYouTubeを見ていたんだけど、あの「Good-bye」の「間」の取り方がいいんだって、すごく「音楽」を勉強してるって、「なるほどなー」って思ったね。

 

明治の政治家は「武道」もやっている人が多かったから(「死と隣り合わせ」という現実もあったかもしれないけど)その辺の嗅覚が現代の政治家よりも鋭かったのではないかという仮説。

 

今の政治家を見てると、決めないといけない時に決めないし、置かない(発酵させない)といけない時に勇み足をしちゃうじゃない。時間と空間(距離感)の「間(ま)」の取り方をしっかり学んでいないからだと思う。