校長メッセージ

私が日々、本校の講師に話しかけていることがあります。それは「普通の語学講師にはならないでほしい」ということです。その言語を話すことができるだけ、その言語の説明ができるだけの講師なんてつまらない講師」です。普段からさまざまなことに関心をもち、教育のプロという立場から、どう教えれば学生がより理解してくれるかを常に自問自答している教育者のほうが魅力的で美しいと考えるからです。

言語というものが、知識、事象、感情などを伝えるためにあるのだとすれば、教える立場の人間が思いやりや魅力のない「つまらない人間」だったら、学び得るものは一つもありません。私だったら――知識が豊富で、教え方が上手で、何より「人」として魅力のある教育者から教わりたい。私の学校設立の原点はそこにあります。

私だったらどんなレッスンを受けたいか、
私だったらどんな留学プランを用意して欲しいか、
私だったらどんな先生とどんな時間を共有したいか。

本校が五次面接制度を採用している理由もそこにあります。専門知識や学歴や経歴なんて最後でいい、その講師の人間性こそが大切だと考えています。人は「わからない」から学ぼうとします。今でも私には「わからない」ことだらけです。でも「わからない」から「おもしろい」んです。だから私は日美のスタッフや学生の皆さんとともに学び続けています。「中国語」の習得を通して、この国やこの国の人々について少しずつ理解が深まっていきます。相手を理解しようとするその姿勢が「相互理解」への第一歩となるのです。

別に自ら話さなくても構いません。話したくなければ話さなくてもよいのです。異国の友人の話に耳を傾けるだけでも十分なんです。相手を理解しようとするその過程で、その国を好きになろうが嫌いになろうが、それも自由なのです。

自分の眼で見ましょう。
自分の耳で聞きましょう。
自分の頭で考えましょう。
自分の心で決めましょう。

1995年、恩師の勧めもあって高校の卒業旅行で初めてこの国を旅した時から20年――学び続けて一つだけわかったこと、それは物ごとを「白」か「黒」かで判断しようとすることが、そもそも正しいとは限らないということです。決められなかったり、悩んだり—そもそも「白」と「黒」なんて、どちらでもよいのかもしれません。自分の今置かれた立場から、悩み続けること、学び続けることことが重要なのではないかと、今の私は思います。

答えはひとつではないのですから。

青島日美外語専修学校 校長
森 豪利

日美からのお知らせ